こんにちは。いよいよFIFAワールドカップブラジル大会が開幕しました。
みなさん、サッカーはお好きですか?

サッカーと言えば、忘れられないのは2002年の日韓ワールドカップです。1993年のJリーグ発足から時間が経過し、サッカー人気に陰りが見えていた頃、自国開催されたワールドカップでした。この開催をきっかけに再びサッカー人気に火がつき、代表戦はいつも満員の観客が詰めかけるようになり、それが今に繋がっています。

この時、私は市の臨時職員として小学校に勤務していて、偶然その学校がワールドカップの閉会式で使用する折鶴の制作担当校でした。まだ勤務し始めたばかりの校内では、生徒も先生もみんなが慌ただしく鶴を折っていて、嬉しいことに私も一緒に折らせていただくことになりました。閉会式で見た上空から270万羽の折鶴が舞う光景は、想像以上の美しさで、とても感動しました。

実は、当時はあまりサッカーに興味がなかったのですが、校内はあちらこちらでワールドカップの話で持ち切り。これは見ないと絶対話題についていけないぞ、と試合を見ているうちに、すっかりサッカーに引き込まれました。スポーツでこれまでに感じたことのないワクワク感。今思えば、各国の伝説のスター選手が数多く出場していたのですよね。日本代表にしても、とても個性的。良い意味でやんちゃな感じがプレーにも出ていて、見ていて楽しいサッカーでした。

その中で、一番惹きつけられた選手が日本代表の中にいました。当時、横浜F・マリノス所属のDF松田直樹選手でした。海外の選手に引けを取らない強靭なプレーと、インタビューの時の負けん気の強い、まっすぐな瞳。それでいて憎めない愛嬌のあるキャラ。

すっかり魅了されてしまって、その後はマリノスが遠征してくる名古屋や大阪に観戦に出かけるようになりました。スタジアムでサポーターの中に混じって人目も気にせず大声を張り上げて応援するのは、気分がスカッとして楽しいのです。まだ経験がないという方は、一度サッカー観戦に行かれてみてはどうでしょう。スタジアムにいると、テレビでは決して伝わらないパワーがみなぎっていて元気がもらえますよ。

松田選手が、膝の故障もあって全盛期のようには動けなくなり、いつまで彼のプレーを見ていることができるのだろうと不安を感じていた頃、16年間在籍したマリノスから戦力外通告(解雇)を受けました。この時、現役を引退して彼のキャラを活かせるような別の仕事をするのも全然ありだと、心の奥で思いました。しかし彼は、最後まで現役にこだわり、Jリーグより下部のJFLというマリノスとは比較にならないような環境で新たなスタートを切ったのです。そしてその矢先、心筋梗塞で倒れ、帰らぬ人となりました。まだ34歳という若さでした。

倒れた日は、たまたまいつもの練習場が使えず、AEDが設置されていない公園で練習を行っていたそうです。すぐに応急処置が施されましたが、一度も意識が戻ることはありませんでした。倒れる数日前の映像を見ると、すでに青白い顔で辛そうに練習をする姿が映っていました。結果的に寿命を縮めてしまった決断、でも亡くなった時の彼の顔は、とても安らかで笑っていたそうです。病院には歴代の日本代表クラスの選手が続々と駆けつけ、大好きな仲間たちに見守られながら永眠しました。2011年8月4日でした。

彼の死は、ショッキングな出来事として多くのメディアに取り上げられ、それと同時にAEDの普及についても議論が起こりました。現在、彼の親友たちは「一般社団法人松田直樹メモリアル」を起ち上げ、サッカーとAEDの普及に尽力しています。AEDがあれば助かったかもしれない大切な命、彼は大きな役目を果たし、天国へいってしまいました。

これから続くワールドカップの熱戦を、ああだこうだ言いながら、天国でニコニコ楽しそうに見ているような気がします。がんばれ!ニッポン!